*この記事はTheoreticalというマガジンサイトからの転載記事です。
「月々4,000円の部屋」想像できますか?私は一時期だけフィリピンのスラム街にて、月にたったの4,000円の部屋を借りて生活していました。部屋というよりは、倉庫に近い場所で暮らしていたんです。一般的な人には、まさに最悪な経験に聞こえるかもしれません。
がしかし、私にとってはそんなことなく、いい思い出です。それに悲惨だと感じた経験でも、学べることは意外と多いのです。
今回は、私が暮らした月々4,000円の家のとその周辺のこと、そこから得た経験、フィリピンの実態についてお伝えします。
家賃4,000円の部屋の住み心地
1ヶ月4,000円の家の住み心地、それはもう、震え声で最高だよ!というしか・・・なんてことはありません。お風呂なんてもってのほか、シャワーもなく、ゴミ捨て場は川だし、床も壁もはコンクリートで、夜中に一部が崩れてくる。ゴミどこ捨てるの?って人に聞いたら、「ああ、川に捨てるんだよ!」って返ってきた。ビックリしすぎて、お、おお、ってなりましたね。壁が崩れるってのも、なかなか悦なものです。寝ている間にバラバラバラって耳元で聞こえるんですよ。
ビックリして飛び起きて、「なんだ、壁か」って、呟いてまた寝ます。背中と腰はバッキバキで、夜寝たくないし、そういえば布団とかも買わなかったな。
そんなこんなだったけど、楽しかったのが本音!だって、こんなビックリな部屋に住むなんて、一生に一度あるかないかですもんね。でも、どうしてそうなっちゃったんでしょう?
私が4000円の部屋に暮らしたコトの顛末
私は以前、フィリピンでボランティアをしていたって言ったのだけど、まさにそれが原因。色々あって、団体を率いるシスターと対立してしまったのです。ちなみに、外国人の多くは、そのシスターと揉めるらしい。人を愛しすぎる心が、頑なすぎるまでの意思を与えたみたいです。そういえば数年前に癌だと告げられたって言ってたのに、ピンピンしてる。凄すぎ。
いろいろあったけど、そんな頑固なシスターは尊敬してるし、人に対して厳しく愛を持って接することのできる人です。あとギターも弾ける(賛美歌を演奏するためだ)。
まあ、そんな愛すべきシスターと少しだけ揉め、ボランティア団体にいられなくなったので、私は友達のツテをたどって、なんとか部屋を借りることに成功しました。
当時はボランティアとして仕事をする代わりに、寝床を提供してもらっていたので追い出されると生活する場所がない!
しかし、もっと早く「友達のツテ」という落とし穴に気付くべきでした。そのお陰で、壮絶な経験をすることに・・・。
当時、多くのフィリピン人は月収1万円くらいで生活していたのです。そんな中でまともな家なんて借りられるはずがありません。つまり、みんな貧困に喘いでいるのが、フィリピンの実態でした。
で案の定、住むことができたのがこの部屋です。最初は本当にビックリしました。
▽ これが1ヶ月4,000円の部屋の衝撃だ!左下のイエス様に注目しよう!
この部屋を見た時、開いた口が塞がらなく、危うく倒れかけたんですけど、せっかく見つけてくれたので、「まあ、これも経験でしょ!」っていって住み始めたのを覚えています。大家さんとの直接交渉のみで手続きはなく、家賃は現金で手渡しです。
これが、フィリピン経済の実態なんです。
華やかなホテルやショッピングセンターは、ほんの一部であって決して国の実態ではありません。良くはなってるけど、まだまだ「発展途上国」なんです。ここのところ日本の企業がフィリピンに進出しはじめた理由は、「インフラが改善されてきたから」が強いんじゃないかなと思います。
むしろ、「やっと日本人が住めるようになってきた(ごく一部の地域のみ)」っていうのが正解かもしれません。本当に、日本人には辛い環境なので。
結論:4,000円の部屋でも人は生きていける
トイレが超狭かった。階段の下にあって、高さが1メートルもなかった。背中を丸め、傾斜に沿うように座って踏ん張った。できるだけ部屋のトイレには行かないように、ショッピングモールのトイレを利用していました。▽ 汚すぎて、もはや破壊的イノベーション!
あと、風呂はもちろんのこと、シャワーもありません。あるのは井戸のみ。トトロに出てくる、井戸の水を汲むシーン覚えてますか?まさにあんな感じです。
棒を上下に動かして水を組み、バケツに水を溜めて、シャワーを浴びます。
公衆浴場ならぬ、公衆水浴びですね。みんなバケツと柄杓を持って、体を清めていきます。水は細菌だらけですけど・・・。
とりあえず朝に起たら水着に着替えて水浴びをします。ここにきてはじめて、新しい水着の使い方を知りました。お風呂にも入れる。ちなみに海外のスパ(温泉)では、水着の利用が当たり前です。海外の温泉地に行くときは水着を持って行きましょう!
今思い出したのですけど、部屋の施錠はこのスライド式の鍵と外につける南京錠が要でした。
コレは本当に、部屋としての機能なのか?やっぱり倉庫なのでは・・・。壁をぶち破ろうと思えば出来ますね。日本人が住んでるなら、「お金アリそうじゃん!やってみようぜ!」とか言い出す人多そうですし。
ですので、貴重品は常に持ち歩いていました。身を守るのは自分の仕事なので。でも、決してそんなことはありませんでした。家賃がたったの4,000円の部屋でも、経験として何かしらを得ることができるのも真実なんです。
そっと心にしまった、月々4,000円の部屋から得た人生の大切なコトをお伝えします。
人はどこでも生きていける。助け合いとか愛情。
人間は意外と、どこでも生きていける。どこにだって行ける。たとえそれが、フィリピン人300に対して、誰かも分からない日本人が1人という状況でも。白い目で見られたとか、なんか好奇の目で見られたとか、どうでもいい。いや、冷静に考えたら300対1って、普通にやばい。
でも、こんな面白い経験と同時に、人のあたたかさをちゃんと感じることができました。得体の知れない日本人を受け入れてくれたことに、私はフィリピンがもつ慈悲深さで心が温まったのです。想像して見てください。
もし、あなたの家に外人が突然、「住ませてください!!!」と来たらどうしますか?
人は本当に不思議なチカラを持っています。愛情とか友情とか、親切とか、人に手を差し出すだけで、差し出された側の人の心を癒すことができる。本来、人はそうやって支えあいながら生きてきたんだ。
そういう、当たり前の「助け合い」とか「愛情」とか「絆」とかを改めて考えさせられました。
まとめ
月々4000円の家は、フィリピン人のスタンダードだった。むしろ高い方かもしれません。1人部屋とか超豪華なレベルです。普通の人は月給1万の世界で、数人で1つの部屋をシェアして生活していますからね。超絶に狭いドミトリーで暮らしてるようなものです。でも、明るく接してくれる人が多いことを忘れてはなりません。当時の私は、コンクリートの超硬い床の上にゴザを引いて、背中をバキバキにしながら寝ていました。次の日は、最悪な寝起きです。思い出すだけで肩と腰が痛くなる。
そんな生活を私は2ヶ月間ほど過ごしました。
そして改めて、「日本はなんて恵まれている国なんだろうか!」と、細菌にまみれた身体で心の底から本気で感謝していました。
(HIRO)
元記事: Theoretical – セブ島にて4,000円で借りた部屋から、私はフィリピンの「実態」を知った